• Shigeyuki Miyagawa

"Marter"auf japanisch?

 先日工房に入ると、ここの工房の主人そしてこの仕事を私に回してくれたマックスから、さっきお客さんが"Marter" を引き取って行ったよと告げられた。


 

 二週間ほど前に、全体に最後の、顔料の入っていない亜麻仁油のコーティングを塗り、ゆっくりと乾燥を待ちながら工房の隅に立て置いていたのだが、私の側からも特にいつ取りに来るのかは聞いていなかったものの、まさか今さっき引き取られるとは思いもよらず唐突な知らせであった。

「お客さんは気に入ってた?」「とても満足してた」「それは何より」とマックスとやり取りしながらも、できれば引き渡しに立ち会って挨拶をして、少し感想なども聞きたかった。それにすぐにちゃんと写真をとっておかなかったことも惜しかったなと思った。

 このオブジェは”Marter"と呼ばれているが、日本語ではなんというのだろうか。ドイツで山へハイキングなどに行くと、時折道端に”Marter"と呼ばれるキリストの磔刑像が、まるで日本でのお地蔵さんのように据えられているのに出会う。大体が素朴な樫の木作りで、十字架のてっぺんは雨よけの小さな屋根で覆われ、足元には、山深いところでも誰が手向けたものか大抵花が供えられている。こちらも日本のお地蔵さんも、宗教的な由来があり道中の人を見守っている訳だが、これとは別に、そこの場所で不慮の事故や病気の発作などで亡くなった人を偲ぶために建てられた物にも出会うことがあり、これも同じ名前 "Marter"と呼ばれている。

 私が今回作った物も後者に当たるもので、お客さんが、昔野外の自転車事故で亡くなられた前夫のために建てたものが、長い月日屋外で風雨に晒され朽ちて折れてしまったので、新しく同じ物を作り直したいということであった。

 

 マックスと一緒に工房に運び込まれたオリジナルを調べると、青い塗料は風雨に晒され剥色あせて、土台に差し込まれていた下の部分は、外見こそ保っているものの、塗膜から内側は芯まで腐っておりそこから完全に折れていた。また腐った部分は酷く虫に喰われていて、きのこまで所々生えており、それを見たマックスは工房に貴重な古い木材や家具をたくさん保管していることもあり、もし悪い虫や菌類がここから広がってはいけない、とボロボロ崩れる腐った部分を慎重に除去して直ぐに捨てていた。

 木で作られた部分と対照的に、屋根にかぶせるカバーは銅板を溶接して作られており、緑青がふき出て風雨に晒された風合いではあるものの全くびくともしていなかった。

 

 オリジナルの材料は針葉樹、どうやら唐松 (Lärche) のようだったが、耐候性を考えて樫 (Eiche) でいこう、ということになった。さて材木はどこから入手しよう、と同僚に売ってくれる余分がないか聞いて回ったり、いくつか材木業者を見当つけ始めていたところ、幸いにもこの工房に昔マックスが Spessard という樫材の名産地から買い入れた大きな樫材が立てかけてあることが判明し、これがさらに幸運なことにまさにうってつけの厚みであったので、これを使うことになり、ここから必要な分を切り出して直ちに制作を始めることが出来た。

 私には樫の材質についてそれほど他と比較できるほどの経験はないが、有名だというこの樫材は実際素晴らしかったと思う。ずっしりとした重みや、縁や角の手触りから伝わる硬さは確かに樫なのだが、刃物をあてがうと滑らかに気持ちよく食い込み、樫なのに柔らかいという感触に驚かされた。

 材の乾燥状態や、刃物の切れ味が特に良かったのかもしれないが、削った面には、きめ細かく潤いのあるような光沢が現れた。

 ちなみに刃物に関して、文字の彫刻では、2年前日本に帰った時に文房具屋さんで見つけて気まぐれに買っておいた、小学校の図工用のコクヨ製だったか、サクラ製だったかの5本セットに入っていた三角刀が大いに活躍してくれた。確かセットで700円ぐらいだったように思う。シリコンゴムの青いグリップに、何年何組と書いて貼り付ける為の愛らしいシールまでついた物だが、切れ味は非の打ち所がなく、自分が持っている他のどの三角等よりも綺麗でシャープな面が削れた。「こういうのが案外使えんだよねえ」と当時誰かに知ったような軽口を叩いていた覚えがあるが、その実際のパフォーマンスには恐れ入った。

 

 最初に建てたMarterと同じものを複製して欲しいというのが今回のお客さんの要望なので、なるべく手間なくコピーできる方法を選んだ。

 形を取る際は左右対称の基準となる中心線だけしっかりと抑えて、あまり綿密に測らず、斜面と曲線部分も、角度やRの計算などせず、オリジナルからそのまま輪郭を写しとった。

 文字もオリジナルの彫られた文字の上に紙を置き、鉛筆で擦って複写して、新たに手を加える材木にカーボン紙で転写した。下のオリジナルの状態が悪く綺麗に複写できなかった部分は自分で手直しした。

 もし新しいカリグラフィで新調したい、というお客さんの要望であったのであれば、フォントを選び、自分でインクとペンで一文字一文字新しく書いて、書いた文字を切り貼りして文字の間隔や全体のレイアウトを調整して、お客さんに見てもらい、気に入ってもらえればそれを材木の上に転写する、というなかなか手間ひまのかかる工程があったはずだが、今回はあくまで「複製」ということで、またせっかくオリジナルの文字自体が素晴らしく良く出来ていたこともあり、それをそのまま利用させてもらった。


 塗料に関しては、私は知識も経験も乏しいため、マックスの指示を仰ぐことにした。さすがはアンティーク家具などの木工品の修復家の発想というべきか、ホームセンターの出来合いの油性ペンキなどという発想は無く、まず天然の高品質な亜麻仁油を下地に塗り、次にマックスが自分で配合した亜麻仁油と青い顔料の塗料を塗り、同じく文字の部分に白い顔料の塗料を塗り、最後にもう一度透明な亜麻仁油を塗って保護膜とする、という全て天然の物だけを使うものだった。

 今後の勉強のために、マックスが顔料を調合するところに立ち会ってやり方を覚えられたなと思っていたのだが、お互い同じ時間に工房にいることが案外少なく、今回は叶わなかったのが残念だった。


 オリジナルの方では、名前の下にロードバイクにまたがりこちらに微笑んでいる故人の写真が貼られていたが、風雨に晒され、ぴったりと熱圧着されたはずのラミネートの間から水気が侵入して、ぐるりと縁のインクが滲んでしまっていた。

 これは複製の方ではどうなるのかと尋ねると、タイルに同じ写真を焼き付けた耐候性の高いものをお客さんがどこかに作らせて、自分で貼るとのことだった。

 

 もうこの、入れ違うように私の作業場から去っていった、塗り立ての青の鮮やかな新しい”Marter"は、どこかの自然の中のサイクリングコースの道端に再び建てられただろうか。

 今の旦那さんと二人で設置すると言っていたが、昔亡くなった前の夫を偲ぶ "Marter" を現在のパートナーと力を合わせて立て直す時、二人はどんな気持ちなのだろう。

 





90 Ansichten0 Kommentare

Aktuelle Beiträge

Alle ansehen

西洋ノコギリと日本ノコギリ ドイツにて木彫の学校に通い始めまだ間もない頃のことである。週一回行われていた「木工、指物」の授業で初めて西洋のノコギリというものを手にした。 この、今まで本や図鑑でしか見た事がなかった伝統的な西洋ノコギリは、アルファベットのHを横に長く引き延ばしたような形のフレームを持ち、その上下の開口部の一方にノコ刃、もう一方にはノコ刃のテンションを保つ為のよじった針金が張ってある。

小さな表札